2014年

12月

31日

東京のど真ん中で

去る12月6日、東京で行われた教え子の結婚式に河野コーチと参列した。

結婚式の会場は六本木にある東京ミッドタウン内のホテル「ザ・リッツ・カールトン東京」。さらに結婚式当日の宿泊先として新郎が用意してくれたホテルは港区白金台にある「シェラトン都ホテル東京」。自分のように東京に詳しくない人間でも、結婚式の会場も宿泊先のホテルも、どちらも名前くらいは聞いたことがある超高級ホテルである。

若い頃にホテルマンに憧れていた時期もある自分としては、東京の超一流ホテルでの宿泊も楽しみにしつつ、結婚式当日を迎えた。

 

まず、宿泊先のホテルの前でバスを降り(目黒駅からホテル直通の無料送迎バスが出ていた)、外国人観光客で溢れるホテルのロビーに入った頃はまだ「すげえ豪華なホテルやなあ」とか「〇〇(新郎)無理せんで良かったんに」などと軽口を叩く余裕があった自分と河野コーチだったが、フロントでチェックインを済ませ、「お部屋は〇〇様から最上階のデラックスツインを用意させていただいております。」と言われて案内された部屋にまたびっくり。豪華な室内はもちろん、最上階の部屋の窓から見下ろす東京の景色に圧倒され、次第に冗談を言えるような雰囲気ではなくなっていった。正直、東京のど真ん中に、こんなに静かで緑も多いホテルがあったことに驚いたし、招待されたとはいえ、自分達ごときにこんな高級なホテルを用意してくれた新郎に急に申し訳なくなってきた。

 

二人して無言で着替えを終え、休憩もそこそこに地下鉄で六本木のリッツ・カールトンに移動し、まずは結婚式に参列。窓から都心の高層ビル街が望めるチャペルでの感動的な挙式を見届け、いよいよ披露宴へ。

ちなみに披露宴では新郎の恩師として祝辞をお願いされており、もの凄く緊張したものの、この日のために河野コーチと作ったDVDが大好評で、スピーチを終えてテーブルに戻っても鳴り止まないほどの拍手を浴びることができた。

大役を終え、ようやくリラックスして周囲の人と話す余裕ができたので、隣り合わせた新郎の高校時代の恩師の先生も同じホテルに宿泊していると聞き、新郎の気配りへの感謝やホテルの豪華さを語り合ったりしていると、同じテーブルに座っていた新郎の小中高の同級生達が、彼らが泊まるホテルは都ホテルではないことや、汐留にあるそのホテルの部屋からはスカイツリーが見えたなどと話していた。同じ院内出身という気安さから、「スカイツリーじゃなくて東京タワーの間違いじゃいないのか」などと冷やかしてみたものの、内心(さすがに恩師として招待された自分達と同級生とでは、ホテルに差をつけたのかな…)と思いつつ、自分達のホテルがあまりにも豪華なため、そこまで差をつけなくても良かったのに、とか同じホテルにした方が楽だったんじゃないかな…といった何かすっきりしない気持ちを感じながらも、披露宴は和やかに進んで行った。

そしていよいよエンディングへ。新婦の手紙に涙をこらえる河野コーチ。さらに「地方出身の二人が東京で頑張ってこれたのも小さい頃からお世話になった皆さんのおかげです。」と力強く語った新郎の挨拶が終わる頃には自分の頬にも涙が伝っていた。

県外での結婚式も、恩師として招待されたのも初めての経験だったけど、フットサル教室の1期生にあたる新郎の気配りのおかげで何不自由なく結婚式を迎えることができた。披露宴での祝辞も、出番の直前まで「諸先輩方を差し置いて自分なんかで良いのだろうか」と、深く考えずに引き受けた自分の浅はかさを後悔していたけど、それでもやっぱりやって良かったと心から思えた。

そんな感動的な披露宴もお開きとなり、帰り支度を始めているところに、司会者の方から「皆様本日は誠にありがとうございました。どうぞお気をつけてお帰り下さい。なお、ここ東京ミッドタウンは芝生広場での豪華なクリスマスイルミネーションが有名です。皆様に、このイルミネーションを楽しんでいただきたいと、新郎新婦がわざわざこの時期の披露宴を計画してくれました。お帰りの際には是非そのイルミネーションをご覧になっていただきたいと思います。」とのアナウンスが聞こえた。

退席する人や、2次会の打ち合わせなどでざわめく会場で思わず聞き逃してしまいそうな一言ではあったけど、この言葉を聞いて、はっと思い当たることがあった。

 

振り返ることちょうど1年前。去年の年末のOB会の席で、教え子から来年結婚式を挙げることと、12月6日に東京ミッドタウンにあるホテルの式場を仮予約していることを聞かされ、自分も河野コーチも「まだ1年も先の話なのに大変やなあ」と呑気に考えていたけど、この時になって、東京でも一・二を争うほどの人気ホテルの結婚式場の、さらにクリスマスシーズンの土曜日の夜の披露宴を押さえることがどれだけ大変だったのか、ようやく気づくことができた。

さらに、式場の予約だけでなく、遠方からの招待客のホテルの手配に関しても、恩師枠の自分達にはできるだけ静かな場所で寛いでもらうために閑静な高級ホテルの最上階の部屋を、そして同年代の友人たちにはできるだけ式場から近く、かつ賑やかで雰囲気の良い場所を、との思いから最終的に汐留という場所を選んだに違いない。偶然見えたと喜んでいたスカイツリーも、たまたまではなく、おそらく窓からスカイツリーが見えるホテルを探し、その部屋を用意してもらったのではないだろうか。

披露宴の最後になって、ようやく今回の結婚式のすべてが、遠くから自分達の結婚式のために来てくれるお客さんに対し、せめてものお礼にできるだけ東京を楽しんでもらいたいとの新郎新婦の配慮が込められていたのだと気づくことができた。そして改めて、こんな時でもなければ泊まることもないような高級ホテルの最上階の部屋を用意してくれた教え子の心意気に感激した。

 

本当は、披露宴が終わったら、河野コーチと新郎の弟でもある拓郎コーチの3人で六本木で飲み直す予定だったけど、新郎新婦の心づかいに敬意を表し、ミッドタウンのイルミネーションと高級ホテルの雰囲気を時間が許す限り充分堪能させてもらうとともに、宿泊先のホテルに戻ってからも外出することなく、最上階の豪華な部屋で今回の結婚式の素晴らしさと新郎との思い出を夜が更けるまで3人で語り明かした。

 

「東京での大学時代や、社会人になってからも、サッカーのおかげで色々な人とつながりをもつことができ、本当にサッカーに助けられた。そんな自分の原点は小学生の頃のフットサルにある」と言って、1年しか在籍していないフットサル教室と自分達のことを忘れずずっと慕い続けてくれる教え子を持つことができ、心からフットサルの指導を続けていて良かったと思った。

なかなかチームが強くならなくても、フットサルを上手くしてあげられなくても、それだけが指導者の役目じゃない。もっと大事なことを教えてあげられるんじゃないかということを、教え子から教えてもらうことができた。

恩師として招待された結婚式だったけど、結果的には東京のど真ん中で頑張る教え子の成長と心づかいをまざまざと感じさせられた結婚式だった。

 

若い二人の新たな門出の場に立ち会えたことを嬉しく思うとともに、二人の今後の幸せを心からお祈りします。

 

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年末ということもあり、東京から帰ってきてから何かと忙しく、日記に書く機会を逃してしまい当日の様子を書かないままでしたが、先日のOBによる蹴り納め&忘年会の席でも結婚式の様子を知りたいという声が多かったので、遅ればせながら紹介させていただきました。自分の拙い文章で、どれだけこの日の感動と教え子の心づかいが伝わったかは疑問ですが、教え子のおかげで指導を始めた頃の初心に立ち返ることができました。

今回も長い日記になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。今年も多くの人と出会い、いろんなことを感じさせられた一年でした。

今年一年、お世話になった皆様に感謝を申し上げ、年末のご挨拶に代えさせていただきます。それでは皆様よいお年を。

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2014年

12月

01日

キャプテンの涙

11月29日(土)、大分市のコンパルホールで行われた「バーモントカップ第24回全日本少年フットサル大会大分県大会」に出場した。

結果はヴェルスパに0対8、リノスに0対8と、2試合続けて大差で完封負け。2試合とも試合の入り自体はそんなに悪くなかったけど、どちらも相手に先に点を決められると、ヴェルスパ戦では相手の激しいプレスに手も足も出ず、リノス戦ではゴール前まで行くもののシュートらしいシュートを打てず、なすすべなく完敗。

結果を聞いた知り合いの方からは「メンバーが揃わなかったんですか?」と慰めていただいたが、直前に5年生が一人体調を崩したもののほぼベストメンバーで臨んでおり、言い訳のしようもない完敗。最後まで、「プレスを受けた時の組み立て」と「ゴール前での決定力」という、このチームが抱える課題を克服できないまま、漫然と大会を迎えてしまった自分達のミスだ。

 

振り返ると、チームの立ち上げ当初から、昨年同様に低い位置からボールをつないで行くスタイルを目指して練習に取り組んで来たけど、プレスが強い相手にそれをやれるだけの技術とフィジカルがないという事実を受け入れ、11月に入った頃から前線の選手に簡単に長いボールを入れていく形や、相手にボールを持たせ、パスの出どころをカットするやり方を試してみたものの、1か月程度の練習で身につくはずもなく、最後までやろうとしているフットサルをやり切らせることができずに終わってしまった。

 

一つだけ泣き言を言わせてもらうと、もしもメンバーが6年生ばかりだったとしたら、早いうちから勝負に徹し、引いて守ってカウンターに懸けるという現実的な戦い方を選べたのかもしれない。しかし、レギュラー5人中、3人が5年生というチーム事情を考えると、その手段を選ぶことにためらいがあったこともまた事実。

結局、自分達のマネジメントの失敗で、理想も貫けない、勝ちにも徹しきれない、中途半端な戦い方を子供たちに強いらせてしまった。申し訳ないの一言。

 

 

そんな惨敗を踏まえ、土曜日の夜はコーチ達との反省会を行った。今回だけは事前に予定はしていなかったものの、予選敗退が決まりコーチ達と話さなければ眠れそうになく無理を言って誘ってしまったが、それでも5人のコーチ全員が集まってくれた。

始めに簡単に試合の内容を振り返り、やりたいことが出せなかった、点差通りの完敗だったことを全員で認め、「落ちるところまで落ちたんだから、今日は遠慮せずに思ったことを言い合おうよ」と前置きし、反省会が始まった。

そうは言ってもコーチからは言いにくいだろうからと思い、まずは自分から「Aチームの指導をしている立場から言わせてもらうと、もう少し低学年の頃から止める・蹴るといった最低限の技術を身に付けさせてくれないと、戦術練習にならない」と切り出してみた。

すると、それまで言いにくそうにしていたコーチ達からポツポツと「そうは言っても…低学年は、Aチームに上がりたいと思って真剣に練習に取り組んでいる子もいれば、練習に来るだけで楽しいという子も混じっていて、そんな子にボールを大事にしろと言っても意味が伝わらず、全体で同じ練習をさせるのが難しいんです。」という内容の返事が返ってきた。

確かにその部分の問題は自分も感じている。

保護者からも「うちは体力づくりのつもりで参加させていますので、試合は遠慮させてもらいます。」と、はっきり言われることもある。

(もったいないな)と思いながらも、そもそも『いつでも、どこでも、誰とでも』を理念に掲げる総合型スポーツクラブに属している身としては、どこまで厳しく子供達に指導していいものかとの疑問を常に感じている。また、その理念に沿って申し込んできたお宅のお子さんに対し、「勝ちにこだわれ」などと言っても理解してもらえないのも仕方ないと思うし、実際、入ってみたけどこんなはずじゃなかったと思ってやめて行ったお宅も少なくないと思う。

いっそ、子供や保護者の意識に合わせ、エンジョイクラスと競技志向のクラスに分けようか、との意見も出たほどだ。

 

この問題に関してはすぐに結論が出そうにないので、じゃあ今日の試合を振り返っての感想を、と話題を変えてみたところ、「自分はベンチに入ってなくて、たまたま相手のベンチの真上で見ていたんですが…」と言いながら、最年少のコーチが遠慮がちにこう話してくれた。

「2試合目のハーフタイムで、リノスの西村さんが『相手が一番嫌がるプレーは何か考えろ。相手が一番嫌がるのはシュートだろ。ならシュートを打てる状況を自分達で作ろうよ』と言って、そのあと選手だけでミーティングをしたんです。そしたら、後半はバンバンシュートを打って来て、正直すごいなと思いました。」と。

 

確かに、リノスの試合中、貴重なハーフタイムに選手だけで輪になって話していることに気づいていたけど、指導者からの的確な指示(というかヒント)と、その答えを自分達で探し、すぐに実践してみせたリノスの選手の能力の高さに驚かされた。

 

じゃあ、それは西村さんの指導力なのか、それともそれができる選手を選んでいるのか、そもそも最初からそんな選手が集まっているのか、という議論になった。

さすがに、最初からそんな選手が揃っている訳ではなく、西村さんがそういう風に選手を育て、それができる選手を選んで大会に連れて来ているのではないか、との答えに落ち着いた。 もちろん、6年生が中心だと思う。

初戦のヴェルスパも6年生だけで選手を揃えたと言っていたし、ハーフタイムの短い時間に指導者の指示を理解し、自分達で立て直すことのできたリノス。

6年生の中からメンバーを選べるチームと、6年生を選んで連れて来なければならないチーム。この差は大きい。

 

もちろん、今年の6年生は彼らなりに精一杯頑張ってくれたと思っている。

去年、それこそ常に少しでも上を目指す、志の高いメンバーが奇跡的に5人揃ったチームですら、ギリギリの勝負を繰り広げてようやく決勝トーナメントまでたどり着いた。

去年の時点では、正直、来年はバーモントには出れないかもしれないな…と思っていたけど、2人しかしない6年生(名簿上は3人だが)がそれぞれ目標を持ってチームを引っ張ってくれた。少ない6年生を何とか鍛え、バーモントカップに連れて行くつもりだったけど、いつの間にかその6年生に引っ張られて、2年連続してバーモントカップに連れて来てもらった。今は感謝の気持ちでいっぱいだ。

そんな数少ない6年生が試合に出れるレベルに育ってくれても、それでも埋まらないメンバーは下級生で補なわなければ試合に出ることすらできない。改めて、自分達の置かれている現状の厳しさを思い知らされた今年のバーモントカップだった。

 

ただ、下を向いていても仕方ないので、強いてうちのチームの利点を探すとすれば、6年生が少ない分、嫌でも下級生にAチームの試合経験を積ませてあげられることだろうか。幸い、今回も選手登録した11人全員を試合に出すことができた。6年生になっても試合に出れないチームもあれば、うちみたいに低学年の頃から6年生に混ざって試合に出れるチームもある。どっちが良いのか分からないけれど、この経験を生かすも殺すも自分次第。試合が終わり、号泣する6年生の姿を目の当たりにし、彼らなりに何かを感じてくれたのであれば嬉しいが、試合後の態度や帰りの車中の様子を聞く限り、まだまだ5年生にはそんな兆しは感じられない。

 

6年生にとっての大きな大会は終わったが、フットサル教室で過ごす日々はまだ4カ月残っている。我慢しきれず人前で流した涙の意味を後輩達に伝えて行ってもらえれば、流した涙も決して無駄ではないと思う。

 

最後になりましたが、いつも私たちの活動にご協力して下さっている保護者の皆さん、院内フットサル教室を応援してくれた皆さん、大会の運営に携わっていただいた関係者の皆様、対戦相手の選手・指導者の皆様、練習試合に駆け付けて下さった大平山AFCとリベントFC、何よりNFCの関係者の皆様に心よりお礼を申し上げます。

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