2015年

10月

31日

ナビスコ追憶

今日から11月7日の九州ジュニアフットサル大会大分県予選まで、8日連続で練習&試合が続きます。

初日の今日は、大分市のエルズにお邪魔し、9時から12時までリノスさんとU-10の練習試合。久々に西村さんともお会いし、フットサル談義を交わしました。その後、何人かのコーチ・選手・保護者とともビーコンに移動しFリーグ「バサジィ大分対アグレミーナ浜松戦」を観戦。さらに一旦帰宅後、17時からAチームの練習という、なかなか濃いスケジュールとなりました。

フットサル漬けの一日となった今日。何か忘れているというか、引っかかるものがあると思いながら過ごしていましたが、その理由が分かりました。

ナビスコカップの決勝です。

スケジュール的にテレビ観戦は無理だと分かっていましたが、朝バタバタして録画予約するのを忘れたため、日本サッカー界の3大タイトルの一つであるこの大一番を見逃してしまいました。ガンバ大阪対鹿島アントラーズの顔合わせとなった決勝は、後半に3ゴールを奪った鹿島が快勝し、歴代最多となる6度目の優勝を飾ったとのことです。

 

ところで、大分でナビスコカップといえば、この話題を抜きには語れないでしょう。

 

7年前の明日、2008年11月1日に大分トリニータがナビスコカップで優勝しました。

名将・シャムスカ監督に率いられ、歴代最強メンバーとともにトリニータが快進撃を続けたこの年。ホームアンドアウェーで行われた準決勝・名古屋との第2戦にウェズレイのゴールでトリニータが勝利。ビッグアイで行われたこの試合の観戦後、帰宅してすぐに国立競技場で行われる決勝戦に備えて飛行機のチケットを手配したことを今でも覚えています。

決勝戦への進出が決まったばかりで当然試合のチケットの販売は始まっていませんでしたが、とにかくこんなビッグマッチを観戦しようと思ったらチケットの確保が最優先です。経験上、試合のチケットは何とかなりますが、それよりも東京行きの移動手段を確保することが先決との思いから、いち早く航空券の確保に動きました。

ちなみにこの時点では、大分空港をはじめ、近隣の空港からの東京行きの便はほとんど空席の状態でした。考えた結果、北九州空港から決勝戦の前日の早朝に出発し、翌日(決勝戦当日)の深夜に帰宅するという、スターフライヤーの格安便を難なく確保することができました。

その後、決勝戦の開催要項が発表され、試合の存在が話題になるにつれ、国立競技場で行われる決勝戦を観戦するため大分から東京への航空券があっという間に満席となり、飛行機や新幹線等、大分から東京への移動手段の確保が困難な状態に。それでも決勝戦の当日には、1万人とも2万人とも言われたサポーターが陸・海・空、あらゆる手段で大分から東京へ移動したことが全国的にもニュースとなりました。

なお、決勝ではトリニータが高松・ウェズレイの2トップのゴールにより、清水エスパルスを2対0で破り快勝。九州に初のタイトルをもたらす瞬間を国立のスタンドで目撃することができました。

試合の内容ももちろんですが、初めて訪れた国立競技場のスタンドから眺めた景色、青とオレンジの2色に染まった観客席、さらに入場時に配られたチップスターをぶら下げて渋谷の街を歩いたこと、国立で踏んだ銀杏の実の臭いが帰りの飛行機の機内で気になったこと…すべて良い思い出です。

当初は、せっかくの国立だし、メインの指定席でゆったり観戦しようと考えていましたが、チケットの先行販売日の土曜日、練習を終えた昼前に近所のローソンでチケットを買おうとロッピーを操作したところ、10時からの発売にも関わらず既にチケットは売り切れでした。仕方なく、後日追加販売されたゴール裏の自由席を何とか購入しましたが、はるばる大分から駆け付けたサポーターに囲まれて観戦したことも今では良い思い出となっています。

 

ちなみに、7年前といえば、フットサルの世界ではFリーグが開幕して2年目のシーズンを迎えた年でもあります。

国立でトリニータの優勝を見届け、北九州空港行きのスターフライヤーの出発を待っていたところ、羽田空港のロビーでロットのジャージを来た体格の良い集団に遭遇。

何と、翌日に大分でFリーグの試合を戦うために九州入りする「ステラミーゴ花巻」の選手達でした。

勇気を出して何人かの選手にサインと記念撮影を申し込んだところ、快諾してくれましたが、このとき一番フレンドリーに接してくれたのが、現在エスポラーダ北海道に所属する水上玄太選手です。

もちろん、翌日のバサジィ大分対ステラミーゴ花巻戦では、大分とともに花巻の水上選手を応援しました。

 

チップスターの缶入りの袋をぶら下げて渋谷のローソンで買ったFリーグのチケット。その裏に書いてもらった水上選手や岡崎チアゴ選手達のサインは一生の宝物となっています。

残念ながら、花巻は3シーズン後にFリーグから退会し、現在は存在していませんが、水上選手は故郷の北海道に移籍し、現在もエースストライカーとして活躍しています。

 

なお、Fリーグの公式サイトの記録を確認してみたところ、この時の試合に現在リノスフットサルアカデミーの代表を務める西村さんがバサジィの選手として先発出場し、先制ゴールを記録しておられました。

 

あれから7年。

水上選手は今でも大分に来るたびに応援させていただいていますし、2年前の別府セントラルでは北海道の試合のエスコートキッズを務めさせてもらうという偶然に恵まれ、さらに翌日の前座試合に出場するうちのチームの子供達に激励の言葉をかけていただくことができました。

西村さんとは、今ではジュニアのフットサルの指導者として恐縮ながら同じ舞台に立たせていただいています。

 

7年前には思ってもいなかった境遇に、正直感慨を隠し切れません。自分のことながら、真面目に頑張っていればこんなこともあるのかと、しみじみ感激に浸っています。

 

さらに5年後、10年後には、どんな未来が待っているのでしょうか。

 

お互いの教え子が、同じ舞台でしのぎを削る存在になってくれていたりしたら、これ以上の幸せはないのですが…

 

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2015年

10月

26日

当たり前

昨日は爽やかな秋晴れの空の下、平成の森公園多目的グラウンドで行われた「院内ジュニア陸上グランプリ」にスタッフとして参加しました。

 

自分達院内フットサル教室が所属する「総合型地域スポーツクラブ グレートサラマンダー」が主催するこの大会。毎年スタッフとしてお手伝いさせていただいていますが、今年はうちのチームからも選手として7名の子供達が出場し、3年生男子100mの部で見事入賞者を出すことができました。

1年生、2年生と入賞を続け、今年も当たり前のように入賞してくれた彼ですが、3年生ともなると、本格的に陸上に取り組む子が多数参戦してきます。おそらく、他の陸上クラブの選手達のように100mを全力で走り切ったことも、本格的にスタート練習をしたこともほとんどないと思いますが、それでも4位を0.コンマ1秒上回って入賞するという勝負強さに驚き。専門ではないとはいえ、出るからには一人ぐらいは入賞者が出てほしい…そんなコーチ達の期待を一身に背負う中、見事に期待に応えてくれた3年生に心から拍手を贈りたいと思います。

 

この大会も今年で17回目を迎えました。

昨日のスタッフの集合時間は8時でしたが、自分が8時前に会場に到着した頃には既にテニスコート横の駐車場はほぼ満車。グラウンドもたくさんの小学生ランナー達と保護者で溢れ返っていました。

ちなみに今年の参加者は160人。保護者や関係者を含めると、この日院内に集まった方は500人を超えていたのではないでしょうか。そして初めて訪れた方からは、たいていこんな山の中にこんなに立派なグラウンドが、と驚かれます。

サッカーやテニスなど、他のスポーツではもっと賑わうこともあるのかもしれませんが、自分が関わっているイベントで、この平成の森公園にこんなにたくさんの人が集まるのはジャマイカ村以来です。

今年も特に大きなトラブルもなく、もはや院内の秋の風物詩として当たり前のように開催されましたが、ここまで来るのに相当な苦労があったことは想像に難くありません。

去年も書いた気がしますが、これほどの規模のイベントを実質的に一人で仕切っておられる院内陸上教室の後藤監督にも改めて敬意を表したいと思います。

本当なら、地元で開催される大会で、可愛い教え子達の活躍する姿をゆっくり見たいことだと思いますが、当日は運営でとてもそれどころではないこととお察しします。微力ながら、今後も後藤監督に少しでも余裕をもって大会に臨んでもらえるよう、できる限り協力して行きたいと思います。

 

最後に、昨日はうちのチームのコーチ達も5人揃ってお手伝いさせていただきました。

先週から週5の練習に突入し、さすがに前日の土曜日練習では疲労の色が隠せないコーチもいましたが、昨日は早朝からの動員にも嫌な顔一つ見せず、準備から片付けまで休日返上で頑張ってくれました。

さらに、今日の月曜練習にも自分を含め4人のコーチが参加し、もはや週5回の練習も月曜練習も、自分達にとっては「当たり前」のこととなってきました。

長い付き合いですのでこちらもあえて口には出しませんが、練習の後にプライベートな用事を済ませたり、唯一のオフともいえる金曜日にそれぞれリフレッシュしたりと、なんとかやりくりしつつ練習を優先してくれていることは承知しています。

フットサル教室的には11月7日の九州ジュニアフットサル大会大分県大会で一段落となりますが、先日、この大会以降の練習スケジュールについてコーチ達に確認したところ、「水曜練習は子供達のモチベーションにつながっているし、月曜練習も始めたばかりだからもう少し続けてみましょう。」と、こぞって週5日の練習の継続に賛成を表明してくれました。

プライベートな時間を削り、子供達の練習に付き合ってくれているコーチ達に心の中で感謝。

 

 

チームを率いていれば良いことも嫌なこともあります。

残念ですが、うちのような小さなチームだと、圧倒的に良いことの方が少なく、苦しいことや嫌なことの方が多いのも事実です。

子供達のために良かれと思ってやっているつもりでも、大きな組織に属していないと、あらぬ中傷を受けたり、足を引っ張られたりと、普通に生活していればしなくてもいい嫌な思いをすることも多々ありますが、そんな中でも温かい手を差し伸べてくれる人もいれば黙って背中を押してくれる人もいます。

何より、同じ目的を持ち、共に進んでくれる心強い仲間達がいます。

 

県大会まであと2週間を切りました。

志を一つにするコーチ達とこの2週間を乗り切り、悔いなく11月7日の大会を迎えたいと思います。

 

 

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2015年

10月

18日

世代

今日はべっぷアリーナでFリーグ・バサジィ大分対ヴォスクオーレ仙台戦を観戦。

 

べっぷアリーナといえば、3年前の9月のセントラルで選手からサインをもらいまくったり、去年の2月のセントラルでは前座試合でFリーガーと同じコートに立たせてもらったり、今年の3月はNFCさんの計らいでお別れ試合をしたり…色々と思い出深く、個人的に県内で一番思い入れのあるアリーナでもあります。

 

Fリーグの試合を見る際はできるだけ開場と同時に入場し、少しずつお客さんが増えていく会場の雰囲気を楽しみつつ、キックオフまでの時間を過ごす自分です。今日は用事で会場入りが少し遅れましたが、客席に着いてみると、アリーナ席の最前列にうちのチームの子供達2人が並んで座っているのを発見。すぐさま反対側に座ったこちらの姿に気づき、大きく手を振ってくれました。

そういえば、観戦に来ていた一人の子供のお父さんがおっしゃっていましたが、彼にとっての「10番」といえば、中村俊輔でも香川真司でもなく仁部屋選手とのこと。

子供の頃からフットサルが身近に存在していることを実感するエピソードです。

 

自分が小学生の頃、院内にはフットサルはおろかサッカーのクラブすらなく、小学生時代はサッカーとは無縁の生活を送っていました。

そんな自分がサッカーを身近に感じたのは、中学生の頃に出会った「キャプテン翼」。週刊少年ジャンプで連載されていた頃からリアルタイムで読んでいた、文字通り「キャプテン翼世代」です。


その当時、まだ世の中にJリーグは存在しておらず、サッカーといえばJリーグの前身であるJSL(日本サッカーリーグ)が行われていました。

当時はテレビでリーグ戦の放映等は全くなく、せいぜいあっても年末に行われる天皇杯の準決勝と元旦の決勝ぐらいでした。その頃に強かったのが、日産自動車、現在の横浜F・マリノスです。子供心に(中学生ですが)元日にサッカーをして優勝トロフィーを掲げる日産の選手達の姿に強い憧れを抱いたものでした。 

その後、しばらくしてJリーグが誕生。世に言う「Jリーグバブル」を迎えます。

今でも懐かし映像でJリーグの開幕戦「読売ヴェルディ対横浜マリノス」の映像が流れますが、その試合を生中継で観戦した世代でもあります。

 

ちなみに、自分の憧れの選手はというと、先日のこの日記にも登場しましたが、自分がサッカーを知った1980年代に強かった日産自動車で10番をつけていた「ミスターマリノス」木村和司選手です。

残念ながら、木村選手はJリーグができてすぐに現役を引退してしまいましたが、それからもマリノスは大好きで、大分はもちろん、福岡・長崎・佐賀・広島など、マリノスの試合を見に出掛けたことを思い出しました。

 

 

最近は、下火になったとはいえ、見ようと思えばスカパーなどでJリーグの試合は全試合見ることができますし、海外サッカーも普通に見ることができます。

大分に住んでいれば、今は2部ですがJリーグの試合も生で見ることができます。

もちろんFリーグも。

今の子供達にとっては、テレビの中でしか見たことがない本田選手や香川選手より、目の前で見る仁部屋選手に憧れるのは当然のことかもしれません。フットサル教室の子供達ならなおさらです。改めて、生まれた時からJリーグやFリーグが身近にあることが当たり前となった今の子供達を羨ましく思いました。

 

話は変わりますが、バサジィの試合を見終わって自宅に戻る途中、安心院で自転車に乗った教え子の中学生を発見。

確か今日は新人戦の2回戦だったはずと思い、呼び止めて試合の結果を聞いてみたところ、大分市内の中学校に1対2で負けてしまったとのことでした。

「2点ともオウンゴールだったので、本当なら俺達が勝っていたのに」と悪びれず言い放つ教え子を前に、(オウンゴールの解釈が間違っているけど)と思いましたが、このポジティブさが彼の持ち味だったと思い直し、とりあえず今どこのポジションをやっているのかと尋ねたところ、今度はやや寂しげに「後ろです。」との返答。

しかし、すぐに、「俺が守らんと、誰も守れんけんっち」と答える彼。多分、「お前が守らんと、誰も守れんけん、後ろを頼むわ」と、言われているのでしょう。

 

フットサル教室では右のアラのポジションに位置し、軽やかなドリブルと野生的な勘でゴールを奪いまくっていた彼ですので、そのアジリティと動物的勘が上手くはまればディフェンスも何とかこなすことでしょう。そして効果的なオーバーラップも期待できます。

 

「後ろやけど今日アシスト決めました!」

 

小学生時代は前に張ってシュートを打つことばかり考えていた彼ですが、後ろのポジションを経験することによって、誰のおかげでサボれていたか、誰のおかげであんなに点を取ることができたのか気づいてくれたのであれば、もう何も言うことはありません。

ディアリオで活躍する教え子を含め、小学生時代はフットサルしか経験していない教え子達が、今では立派にサッカー選手として育っていることに一安心しました。

 

そういえば、彼がフットサルを始めた頃の憧れの選手は誰なのでしょうか。

あまりこの教え子をバサジィの試合会場で見かけたことはありませんので、もしかするとFリーガーではないのかもしれません。かと言って、彼の口からJリーガーの名前を聞いた記憶もありませんが…

 

意外と、同じ名前を持ち、似たようなプレースタイルを持つフットサル教室のKコーチなのかもしれませんね。

 

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2015年

10月

12日

3連休最終日の今日は、大平山AFCと安心院FCをホームに迎え、石橋童夢と安心院B&G体育館で練習試合。

 

九州大会予選を1ヶ月後に控えた大事な時期ではありますが、今回はあまり勝ち負けにこだわらず、練習で重点的に取り組んでいるボールタッチと個人技を実戦で試すことをテーマに試合に臨みました。

これまで、「うちは技術がない」という先入観から、どちらかというグループでボールを前に運ぶこと、個の力に頼らずパスをつないで攻めることに重点を置いてチームを作ってきましたが、そもそも思うようにボールを蹴れず、トラップもできず、その結果、下を向いてばかりでパスを出そうにも味方も探せず…といった状態が続き、最近はボールをつないで攻めるどころの話ではありませんでした。

そこで、今さらながら「やはり大事なのはボールを蹴る・止めるといったフットボールの原点のところだろう」との考えから、基本的なボールタッチから地道に取り組んできました。

その結果、多少はボール扱いに自信がついてきたのか、徐々にではありますが1対1でも積極的に仕掛ける姿勢が垣間見られるようになり、まだまだ個人差はあるものの、今までの見るからに自信なさげな、ボールを持ったらすぐに手放してしまうような弱気なプレーは影を潜めつつあるように感じました。

 

始めたばかりとはいえ、フォーメーション練習の時間を割いて、ボールタッチ限定の練習日を増やし、これでもかと言うくらい個人技に取り組み、失敗しても良いから試合で試せと繰り返し言って、ようやく試合でちらっと出せるかどうか。

一体よそのチームの子供達はどれだけ練習しているのか?と思わずにいられませんが、練習日・量ともに、それほどサッカーチームと遜色ないほどになってきたと思います。あとは試合経験と「質」の問題ですが…

 

とにかく、大会本番に向かってこれから追い込みをかけて行こうという大事な時期に、他チームとの実戦形式で個人技の進捗状況を確認できたのは本当にありがたいことです。フットサル練習に付き合ってくれた両チームには感謝しかありません。

 

常々、大平山の甲斐監督は、自らのチームを「下品なチーム」と例えられていますが、大平山の選手達のいい意味での図太さ、個人での判断力の速さはうちのチームに足りない部分でもあります。現に、最後の試合で監督から出されたプレースタイル変更の指示に子供達がすぐに適応し、立て続けにゴールを決められ試合を決定づけられてしまいました。うちはというと、丁寧にゲームプランを伝え、メンバー交代でメッセージを送っても、なかなか今までのやり方を変えることができません。

 

子は親の鏡なら、チームは指導者の鏡でしょうか。

いまだにホームの石橋童夢でさえ、トイレに行ってもいいかと許可を求める真面目な子供達です。もしも自分が甲斐監督のおっしゃられる通り「真面目な人間」なのだとしたら、うちのチームの子供達のプレーの硬さ、発想力の乏しさは、自分の真面目さの悪い部分が影響しているのかもしれませんね。

 

また、スポーツにはプレーする選手の人間性・本性が現れるものと思っています。

そういう意味では、おとなしい選手が多いうちのチームの場合、プレースタイル自体もおとなしく“お上品”で、本来ガツガツと勝ち負けを競うべきスポーツには向いていないと言わざるをえません。子供達には「フットサルの時は性格を変えろ」と無茶な要求をしていますが、最近は自分自身もスタイルに対するこだわりを捨てる思い切りが求められている気がしており、少しはハメを外してヤンチャなプレースタイルを取り入れてみようと思って練習に取り組んでいますが、少しは伝わったでしょうか?

それともこの発想自体が真面目すぎますかね??


大平山AFC並びに安心院FCの皆さん、今日はフットサルにお付き合いいただき、ありがとうございました。特に、大平山の甲斐監督と保護者の皆様には、日向遠征帰りでお疲れのところ、宇佐まで足を運んでいただき、本当にありがとうございました。

子供にも言っていますが、メリハリをつけて、ここは真面目にお礼を申し上げます 。

 

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2015年

10月

10日

U-15

この前9月が終わったと思っていたら、10月も、もう10日。

今日は午前中の練習を終え、大分県サッカー協会人工芝グラウンドで行われた高円宮杯U-15サッカーリーグの入れ替え戦を観戦。目的は教え子が所属するFCディアリオの応援です。

 

サッカーとフットサル。Uー15とジュニア。多目的グラウンドと石橋童夢。

若干違いはありますが、毎週のように同じ平成の森公園内で練習しているチームという縁もあり、いつか応援に行こうと思いながらなかなか機会がなく、初観戦が入れ替え戦という、何とも残念な形となってしまいました。

ここでサッカーの試合を見るのは宇佐トリに進んだ5期前のキャプテンの試合以来、実に2年ぶり。

趣味は?と聞かれたら、間違いなく「フットサル」か「サッカー観戦」と答える自分です。Jリーグからジュニアまで、サッカーの試合を見るのは大好きですが、知り合いが出ていればなおさら楽しいもの。慢性的な古傷を抱える教え子はセンターバックの一角としてフル出場し、劣勢が続く中、相手のエースを封じ、時折効果的なサイドチェンジで攻撃の起点となりましたがゴールが遠く…

惜しくも0-3で敗れ、リーグ戦残留を果たすことはできませんでした。

 

昔から、よく対戦したチームの監督さんに、「フットサル専門!珍しいですね。フットサル教室を卒業した子供達は進路をどうするんですか?」と聞かれますが、ご存じの通り院内には部活・クラブを含め3種年代(中学生)のサッカーチームがありません。

従って、フットサル教室を卒業した院内の子供達がスポーツを続ける場合は、中学校の部活で別のスポーツを選択するか、サッカーを続けたいという子は町外のクラブチームに通うかの選択を迫られます。ちなみに安心院中学校にはサッカー部がありますので、安心院から来ている子はフットボールを続けることに支障はありません。

 

院内でフットボールの活動をしていながら、地元である院内の子供達の卒業後の進路を用意できないという矛盾。

これについてはこの教室にU-15のカテゴリーを増やせば一応解決はするのですが、田舎の中学校はいまだに「全員部活制」が残っており、そう簡単に解決する問題ではありません。別に学校に気兼ねする必要もありませんが、かと言って学校に喧嘩を売るような勇気もないし…

今や、学校だけで子供達の希望するスポーツを提供してあげられないことは誰の目にも明らかですが、何かを守ろうとするせいで、何かを失うことを強いられる現実。どちらが大事なのか自分には分かりませんが、院内の子供達にとっては(もちろん保護者にとっても)、卒業と同時に厳しい選択が待っていることは事実。

U-15問題というと、全国的には小学校でサッカーをしていた女子の卒業後の進路の問題を言いますが、院内に限っては男子にとっても切実な問題でもあることに間違いありません。

 

 

話は変わりますが、10月からついに月曜練習を始めました。

自分はともかく、若いコーチ達への負担は大きいし、保護者の皆さんにも多大なご迷惑をおかけすることになる。そんな思いから、始めるまでは自分達としても迷いに迷いましたが、最終的には、9月の連戦の結果を踏まえ「どことやっても技術で劣っている」と感じたことが最大の理由です。

 

一か月後に迫った九州大会予選を考えれば、高学年を中心にフォーメーション練習に重点的に取り組んだ方が良いのかもしれません。しかし、今年はバーモントの開催時期が早まったため、普段なら年度の前半はじっくり基本練習に取り組むところを、それまで試合経験の少なかった6年生を試合に慣れさせるため、無理にフォーメーションに組み込んだせいで、基本技術が身に付かないまま大会に出場せざるを得ませんでした。

その結果、大会のたびに「練習で出来ていることが試合で出せない」と落胆することの繰り返し。あげくの果てには、伸び盛りの3年生にレギュラーの座を脅かされるという事態を招く始末。

それもこれも、結局は「基本技術がしっかり身に付いていない」という理由に集約されます。付け焼き刃で試合用の練習をしたところでプレッシャーのかかる本番で出せる訳はありません。勉強でいえば、基本ができていないのに応用問題に取り組んでいるようなものです。

 

これまでも、試合で負けるたび、歯痒い思いをするたびに、コーチ達と練習の方向性について打ち合わせをしてきました。毎回答えは出ませんが、それでも「結局は基本だろう」との答えに戻り、何より「彼らにとってのフットボールはこの教室で終わりじゃないから」と自分自身に言い聞かせ、困ったとき、迷った時こそ基本練習に立ち返ってきました。

 

最近、縁あってたくさんの指導者の方と知り合いになり、色々とお話しをさせていただいていますが、自分の周りの指導者の方は、「目先の結果よりも育成」「子供達にとっては今が終わりではない」という考えをお持ちの方がほとんでです。

自分としても、仮にもフットサル専門チームを名乗るのであれば、子供達にそれなりの足技を身に付けさせてあげたいと思っていますし、できればフットサル経験者として恥ずかしくないだけの技術を身に付けて卒業させてあげたい 。そんな思いで始まった月曜練習です。本当に迷いましたが、最後はコーチ達と「やらずに後悔するよりやって後悔!」を連呼し実行を決断しました。

保護者の皆さんには、事前に相談もなく、唐突な印象を受けていることと思いますが、自分達の中でも話し合いを重ねた結果の月曜練習ですので、どうかご理解をいただきたいと思います。


6年生にとっては遅すぎたのかもしれませんし、中には中学校ではフットボールから離れる子もいるかもしれません。

しかし、例えフットサル教室に在籍している間に成果をあげることはできなくても、高校で、大学で、あるいは社会に出て彼らがフットサルやサッカーを再開した時に少しでも役に立ってくれたら、この練習の意義もあると思います。

 

もちろん、卒業した子供達がフットボールから離れて行くと分かっていれば、全く虚しさを感じないと言うと嘘になりますが、趣味「フットサル・サッカー観戦」の自分にとっては、フットサルの指導を続ける限り、教え子が進んだ先の試合を見るという楽しみが続きます。

何より、スポーツを続けていなければ感じることができない感動や、人の心の温かさを知る自分達だからこそ、伝えられることもあると思います。 

 

 

今日行われた入れ替え戦。

ディアリオの後に登場したのはビンクーロU-15でした。

普段はフットサルの育成リーグでお世話になっている佐藤さんと、中学生のサッカーの会場でお会いするという偶然。

ディアリオの試合観戦の合間に少しだけお話しさせていただきましたが、話しているうちに、自分達が2年前に出場した「エンジョイ5」に佐藤さんもエランのコーチとして帯同しており、実は北九州で行われたセカンドステージでお会いしているという事実が判明。

改めて“ボールでつながる縁”を感じた一日でした。

 

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院内フットサル教室

 

住所

〒872-0333

大分県宇佐市院内町原口146-1 平成の森公園内

農村交流センター事務室

 

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