2015年

3月

30日

お別れ会を終えて

遅くなってしまいましたが、去る3月28日(土)、平成26年度のお別れ会を開催しました。親子フットサルから参加してくれたご家族の皆さん、たいへんお疲れ様でした。

 

口下手のため、当日の挨拶では伝え切れなかった思いをこの日記で補足させてもらいます。 

まず、お別れ会でも言いましたが、今年度は本当に苦しいシーズンでした。

今だから話せますが、初出場ながらベスト8入りを果たした一昨年のバーモントカップが終わった夜、しみじみと「来年のチームは試合で1勝もできないかもしれないな」と覚悟したことを思い出します。

 

ただでさえ、新6年生が2人しかいない上に、2人ともそれまでほとんど主力として試合を経験していない。

不安を抱えたままスタートした平成26年度でしたが、それでも新チームになって初めて出場したホンダカップで初勝利をあげると、交流戦やJFAエンジョイ5などでも、そこそこ勝つことができました。

もちろん、相手との力関係や、その試合における相手のメンバー構成・試合に臨む本気度など、様々な事情もあったことと思いますが、全く歯が立たないということはなく、勝てる相手からはコツコツと勝ちを拾い、予想以上に白星を積み上げてくれました。

 

これもひとえに6年生の存在、中でもキャプテンのおかげです。

 

確か、7月の交流戦のNFC戦だったと思いますが、駿平キャプテンが試合中にケガをしていったん退場し、それ以降は一方的に攻められる展開となりましたが、キャプテンがコートに戻るとチームの雰囲気がガラッと変わり、最後の最後に5年生が1点を返した試合がありました。

その頃からでしょうか。コーチからも保護者からも「駿平くんがいないと試合にならない」という声が聞かれるようになりました。

 

最後まで、試合後の挨拶の声は小さいままだったけど、試合での存在感は絶大で、もう1人の6年生とともに、厳しいコーチからもチームの大黒柱として認められるほどに大きく成長してくれました。

これも、1年生の頃からあきらめず、フットサルを続けてきたおかげです。

本人の強い意志ももちろんですが、ここまでサポートしてくれたご両親のご苦労に、心から敬意を表したいと思います。そんなにフットサルを上手くしてあげることも、強いチームにしてあげることもできませんでしたが、彼らが自信を持つ手助けはできたのではないかと思っています。

 

自分達にとっても、年度途中から2つの会場に分かれて練習を行ったり、水曜練習を開始するなど、試行錯誤を重ねながらの一年間でした。本当に苦しいシーズンではありましたが、それだけに思い出に残る一年となったのも事実です。

 

 

苦しいと言えば、もう一つ。

毎年お別れ会で流しているムービーを、今年は事情により自分1人で作ることにしました。そんな年に限って仕事も立て込み、資料作りも重なって、お別れ会の前は練習にも行けない状態となり、ムービーの作成もストップ。3月中旬以降は、果たして本番までに間に合うのかというプレッシャーとの戦いでした。

 

何回も、「今年は出来ませんでした」とみんなの前で頭を下げよう、と思いましたが、楽しみにしてくれている子供達や保護者の皆さんの姿を思い浮かべ、眠い目をこすりながら作成を続けてきました。6年生の2人が入団した頃から撮り溜めた何百枚もの写真を1枚1枚見返し、少しでも写りの良い写真を選び、音楽に合わせて写真を並び替え、コメントを考え…

 

わずか5分ほどの映像ではありますが、1月下旬から作成を始め、完成したのは前日の深夜でした。DVDへの書き込みが終わったのは、お別れ会当日の昼前だったでしょうか。チームづくり同様、DVD作成にも苦労しましたが、キャプテンのお母さんの感極まったご挨拶を聞くと、それまでの苦労も吹っ飛び、頑張ってよかったと思いました。

 

駿平、拓巳、卒業おめでとう。

 

DVD作りから解放され、おかげで昨夜からはぐっすり眠れるようになりました。

ただ、この一週間毎晩のように夢に現れていた駿平キャプテンが現れなくなったことが少し淋しいけど。

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2015年

3月

24日

根拠はないけど

27日(金)に大銀ドームで行われるキリンチャレンジカップに向け、日本代表が昨日から大分入りしています。

 

日頃から、テレビやニュースでも良いからJリーグの試合を見るように、と言い続けている自分としては、この機会を逃す手はありません。

今日の練習終了後、早速この話題に触れ、「今、日本代表の選手が大分に来ている。金曜日は日本代表の試合をできるだけテレビで見るように、見るだけでなく選手を覚え、好きな選手を見つけるように」との話を子供達にしました。

すると、すぐに一人の低学年の子から「かんとく、きのう、にほんだいひょうのれんしゅう、みにいきました。」とのコメントが返ってきました。

 

金曜日の試合を生で見る子はいるだろうと思っていましたが、正直、昨日の練習を見学に行っている子がいるとは思ってもいませんでしたので驚きました。もう少し詳しく話を聞いてみると、会場に着くのが遅くなって練習を見ることはできなかったけど(練習自体が短かかったせいもありますが)、それでも本田を見たと嬉しそうに話してくれました。

 

誰と行ったのか、誰に連れて行ってもらったのかなど、詳しい事情までは聞きませんでしたが、この行動力、おそらくご家族のサポート、そしてそのことを最高のタイミングで話せる勘の良さと、物怖じせず大人に伝えることができるオープンマインドな性格…

 

「この子は伸びる」と直感しました。

 

振り返ると、これまでも「この子は違うな」と思わされたお子さんは、必ずと言っていいほどこれらの条件を備えていました。中でも特に印象に残っているのはご家族のサポートです。

献身的ともいえる親御さんのサポートと、それに本人が気づいた時の成長のスピード。この相乗効果こそ、スポーツで成功する上で欠かせない条件ではないでしょうか。

 

まあ、あくまで自分の直感であり、根拠はありませんが(^_^;)

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2015年

3月

14日

お別れ試合の結果

【Aチーム】

・第1試合 

 1ー0 ○(得点:佐藤大輝)

 

・第2試合

 3ー0 ○(得点:阿部琳汰朗、工藤拓巳、江口駿平)

 

・第3試合

 4ー0 ○(得点:佐藤大輝2、阿部琳汰朗2)

 

・第4試合

 1-0 ○(得点:阿部琳太郎)

 

 ・第5試合

 3-1 ○(得点:工藤拓巳、高橋優哉、佐藤大輝)

 

・第6試合

 0-1 ×

 

【Bチーム】

・第1試合

 2ー2 △(得点:川野航輝2)

 

・第2試合

 2-0 ○(得点:江口凌平、佐藤勇大)

 

・第3試合

 1-1 △(得点:川野航輝) 

 

・第4試合

 0-0 △

 

 

お別れ試合とはいえ、練習試合なのでトップページで報告するのもどうかと思いましたが、せっかく河野コーチが記録を取ってくれていましたので、この場で紹介させてもらうことにしました。

 

Aチームは3試合目まではNFCのU-11、4試合目以降がU-12との対戦でした。相手もベストメンバーではなく、一部、他チームとの混成チームのようでしたが、それでも最後の最後でようやくNFCさんと互角の試合をすることができました。

 

良いシュートもありましたし、偶然のゴールもありました。

それでも、ゴールが決まったということは、前を向いてプレーした結果だと思います。

最後に負けて終わったのが今季を象徴していると言えなくもありませんが、ようやくここまで来ることができました。あとはお別れ会を残すのみ。

 

 

悩んで、迷って、苦しんだ、そんな今シーズン最後の試合。

 

保護者の皆さんの目には、どのように映ったことでしょうか。

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2015年

3月

12日

監督の特権

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、初代ユニフォーム(アシックス・青)をリニューアルしました。

 

作成から15年以上が経過し、背番号や胸のチーム名など、あちこちプリントが剥がれかかっていて、さすがに「もう限界かな」と思っていましたが、見たところ、それ以外に目立った傷みも汚れもありません。

試しに1枚だけ剥がしてみると、糊の跡は残るものの、生地自体はしっかりしており、このまま使わないのはもったいないと思って駄目もとでなじみのスポーツ用品店に相談してみたところ、問題なく貼り替え可能とのことでしたので、思い切ってマークを全部剥ぎ、9着まとめて貼り替えに出していました。

 

待つこと10日余り。

 

ご覧のように、INNAIのネームと背番号が目にも鮮やかにリニューアルされて戻ってきました。お店の配慮により、チーム名のフォントも以前のままです。

 

チーム発足当時の平成10年に作ったこの初代ユニフォーム。

最初は背番号がなく、胸の「INNAI」だけしか入っていませんでしたが、翌年、何とか予算を工面して背番号と胸番号を入れ、そのユニフォームを着た2期生が雨の平成の森グラウンドを駆け回り、地元開催となった県際間大会で3位入賞という成績をもたらしてくれました。この大会の印象が強いせいか、初代ユニフォーム=県際間大会というイメージが自分の中で定着しています。

その8年後に作った2代目ユニフォーム。この年は偶然Fリーグの開幕と重なり、当時の卒業生の思い出にとバサジィのチーム関係者に頼み込み、バサジィ大分対バルドラール浦安戦の前座試合(無観客でしたが)としてFリーガ―と同じコートに立つことができました。拓也や雄太や充など、一人でボールを運ぶ力を持ったキャプテン達が10番を受け継いでいった、お気に入りのデザインです。

さらに、その7年後にあたる昨年度に作成した3代目ユニフォーム。こちらはエンジョイ5セカンドステージ進出やバーモントカップでのベスト8など、歴代最強と呼ばれるチームの活躍を彩ってくれました。

 

自分自身、これといって取り柄のない人間だと自覚していますが、昔から物持ちだけは良い方で、これまで所有したユニフォームはおろか、ビブス1枚に至るまで、すべて紛失することなく保管しています。そして、これらのユニフォーム1着1着、ビブス1枚1枚に、たくさんの思い出が詰まっています。

 

平成18年に2代目を作ってからは、同じ青色ということもあり、しばらく出番を失っていた初代ユニフォームでしたが、平成22年に行われた「U-10交流戦」に着用した頃からU-10としての活動が増えてきたため、高学年が2代目(プーマ)、低学年が初代(アシックス)と使い分けてきました。 また、一昨年3代目を新調してからは、主にバーモントカップに向けての練習試合でビブスの受け渡し練習のために着用していました。

そう思うと、 低学年の頃に初代ユニフォームを着てU-10を戦い、高学年になってから主力として2代目の青を、さらに新調した3代目を最高学年で着ることができた16期生は、つくづく“持ってる世代”だなと思わずにいられません。

 

最近は着た子供から「暑い」との声が聞かれる初代ユニフォーム。おそらく最近の生地に比べ、通気性や薄さの面でかなり差があるからだと思いますが、そんなところにも歴史の重みを感じます。

 

ちなみに初代ユニの10番は、現・ジンガの幽霊部員でもあるタケシでした。前年度からフットサル教室に参加した選手が大半を占める中、6年生になって入部すると同時に10番をかっさらっていった実力の持ち主です。その後、1人を挟んでエースナンバーは翔平コーチへと引き継がれて行きました。当時から好守に労を惜しまずコートを走り回り、味方を鼓舞していたプレースタイルそのままに、今では自分の右腕としてチームを引っ張ってくれています。

タケシと同期で黄金世代の1人であるノリコーチは4番。5年生の頃は巧みなポジション取りでごっつぁんゴールを連発していましたが、6年生になるとポジションを下げ、チームのバランスを取りつつ最後尾からタイミングの良い攻め上がりでチャンスを演出するクレバーなプレースタイルでした。今ではGKコーチとして、他のコーチとは違った視点からの冷静かつ的確な分析でチームを支えてくれています。

最後に小学生の頃から感覚的なプレーでゴールを決めていた翔コーチの背番号は9番。プレースタイルは今でも感覚的ですが(笑)、指導は意外に緻密で丁寧です。

 

こんな風に、選手たちのプレースタイルに応じて背番号を考えるのも、そんな子供達の成長を見守ることができるのも、小学生の頃の姿と重ね合わせて彼らの成長を実感することができるのも、監督ならではの特権です。

 

2日後に迫ったお別れ試合に向け、今日は進学が決まった拓也と航輔、試験休みの雄太といった歴代キャプテンと、部活帰りの駿コーチが見守る中、6年生にとって最後のユニフォーム渡しを行いました。

 

ベリッと剥がした古いマークとともに、チームを取り巻く重苦しい空気も一掃することができれば良いのですが…


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2015年

3月

05日

まだまだ

ご案内のとおり、今週から水曜日の練習を開始しました。

 

水曜練習初日となった昨日の参加者は13人でした。

告知期間も短かかったし、最初は5~6人ぐらいかもしれないな、と覚悟していましたが、初日から予想以上の子供達が集まってくれました。

何人来るか分からなかったので、練習内容に関しては「とりあえず集まった人数で半々に分かれてゲーム形式の練習をしよう」としか考えていませんでした。例えば参加者が6人ならメンバーを変えながら3対3を繰り返し、コーチが揃えば子供対コーチチームでミニゲームをやる、といった程度のプランでしたが、こちらの予想を大きく上回る参加者数となったおかげで、途中から予定を変更し、低学年同士の4対4、さらに高学年対コーチチームでのミニゲームをガッツリ行うことができました。

 

また、練習内容だけでなく、ミニゲームでの“当たりの強さ”に関しても、コーチ達と特に打ち合わせはしていませんでしたが、彼らなりに子供達に足りないものを感じ取り、手を抜かず子供達の相手をしてくれたおかげで、色々な課題が見えてきました。

一例をあげると、守備の面で言えばボールを持った相手に対する寄せの甘さ、フェイントにつられ過ぎてコースが全く切れていない、次のプレーを予測できない、戻りながらのポジション取りの悪さ、攻守の切り替えの遅さ、そもそもカウンターに対処する心構えが出来ていない、腰高・足が揃っている…前線の選手の守備だけでも驚くほどたくさんの課題が見えてきました。

これらを一つ一つ修正していくのかと思うと気が遠くなりますが、それでも、今はこんな状態の子供達が、やがて素早い寄せで相手のボールを奪ったり、一人で奪えなくても相手の出足を止めてパスコースを切り、味方と連動して相手選手のパスをカットして一気にカウンターに転じる…そんな日が来ることを期待して、課題に取り組んで行きたいと思います。

 

口を出したくなるのを我慢して、メンバー選びも試合間のミーティングも極力子供達だけでやらせる。一方で、試合が行われているコート上ではミスに対する叱責や怒声にも近い大声が飛び交う。これが正しいのか分かりませんが、元々「足りないものを補う」ことを目的に始めた水曜練習ですので、とりあえずこのまま続けてみるつもりでいます。

会場の都合で時間が短いことがネックですが、保護者の皆様にはできる範囲でご協力をお願いします。

 

 

今週から3月になりました。

 

暦の上ではとっくに春を迎えており、日中は暦どおりの暖かさを感じる日もありますが、夜間はまだまだ冷え込みます。

体を動かすこともなく子供達の練習を見守っていると、手先・足先から、次第に体全体まで強烈な冷えを感じてきます。そんな状態で、子供達に分かる言葉で、子供達に伝わるように言葉を選びながら声を発していくと、寒さで回らない口の影響もあり、段々と自分でも何を言っているのか分からなくなることが多々あります。

トレセンは体育館なのでまだ良いのですが、屋内とはいえ山に囲まれた石橋童夢での練習時は想像以上の寒さとなります。特に、体を動かすことのない冬の日の練習終わりの頃などは体の芯まで冷え切ってしまいますが、そんな中、何とか言葉をつないで最後の挨拶を終え、連絡事項を確認するとともにコーチ達との簡単な打ち合わせをして帰宅。そんな日々の繰り返しです。

 

今日も寒さで震える手でハンドルを握り、石橋童夢の坂を下っていると、多目的グラウンドで練習するディアリオの選手達の練習の様子が目に飛び込んできました。

 

こちらは寒いとはいえ屋根・壁付きの建物の中ですので風雨は凌げますが、彼らは完全に屋外です。自分達が感じる寒さとは比べ物にならないほどの寒さの中、黙々と練習に打ち込む中学生や、指導を終えて自らマイクロバスを運転し、選手を送り届ける山下監督のお姿を目にするたびに、「まだまだ」と思いながら、帰途につく。

春の訪れが待ち遠しい、今日この頃です。

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院内フットサル教室

 

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