世代

今日はべっぷアリーナでFリーグ・バサジィ大分対ヴォスクオーレ仙台戦を観戦。

 

べっぷアリーナといえば、3年前の9月のセントラルで選手からサインをもらいまくったり、去年の2月のセントラルでは前座試合でFリーガーと同じコートに立たせてもらったり、今年の3月はNFCさんの計らいでお別れ試合をしたり…色々と思い出深く、個人的に県内で一番思い入れのあるアリーナでもあります。

 

Fリーグの試合を見る際はできるだけ開場と同時に入場し、少しずつお客さんが増えていく会場の雰囲気を楽しみつつ、キックオフまでの時間を過ごす自分です。今日は用事で会場入りが少し遅れましたが、客席に着いてみると、アリーナ席の最前列にうちのチームの子供達2人が並んで座っているのを発見。すぐさま反対側に座ったこちらの姿に気づき、大きく手を振ってくれました。

そういえば、観戦に来ていた一人の子供のお父さんがおっしゃっていましたが、彼にとっての「10番」といえば、中村俊輔でも香川真司でもなく仁部屋選手とのこと。

子供の頃からフットサルが身近に存在していることを実感するエピソードです。

 

自分が小学生の頃、院内にはフットサルはおろかサッカーのクラブすらなく、小学生時代はサッカーとは無縁の生活を送っていました。

そんな自分がサッカーを身近に感じたのは、中学生の頃に出会った「キャプテン翼」。週刊少年ジャンプで連載されていた頃からリアルタイムで読んでいた、文字通り「キャプテン翼世代」です。


その当時、まだ世の中にJリーグは存在しておらず、サッカーといえばJリーグの前身であるJSL(日本サッカーリーグ)が行われていました。

当時はテレビでリーグ戦の放映等は全くなく、せいぜいあっても年末に行われる天皇杯の準決勝と元旦の決勝ぐらいでした。その頃に強かったのが、日産自動車、現在の横浜F・マリノスです。子供心に(中学生ですが)元日にサッカーをして優勝トロフィーを掲げる日産の選手達の姿に強い憧れを抱いたものでした。 

その後、しばらくしてJリーグが誕生。世に言う「Jリーグバブル」を迎えます。

今でも懐かし映像でJリーグの開幕戦「読売ヴェルディ対横浜マリノス」の映像が流れますが、その試合を生中継で観戦した世代でもあります。

 

ちなみに、自分の憧れの選手はというと、先日のこの日記にも登場しましたが、自分がサッカーを知った1980年代に強かった日産自動車で10番をつけていた「ミスターマリノス」木村和司選手です。

残念ながら、木村選手はJリーグができてすぐに現役を引退してしまいましたが、それからもマリノスは大好きで、大分はもちろん、福岡・長崎・佐賀・広島など、マリノスの試合を見に出掛けたことを思い出しました。

 

 

最近は、下火になったとはいえ、見ようと思えばスカパーなどでJリーグの試合は全試合見ることができますし、海外サッカーも普通に見ることができます。

大分に住んでいれば、今は2部ですがJリーグの試合も生で見ることができます。

もちろんFリーグも。

今の子供達にとっては、テレビの中でしか見たことがない本田選手や香川選手より、目の前で見る仁部屋選手に憧れるのは当然のことかもしれません。フットサル教室の子供達ならなおさらです。改めて、生まれた時からJリーグやFリーグが身近にあることが当たり前となった今の子供達を羨ましく思いました。

 

話は変わりますが、バサジィの試合を見終わって自宅に戻る途中、安心院で自転車に乗った教え子の中学生を発見。

確か今日は新人戦の2回戦だったはずと思い、呼び止めて試合の結果を聞いてみたところ、大分市内の中学校に1対2で負けてしまったとのことでした。

「2点ともオウンゴールだったので、本当なら俺達が勝っていたのに」と悪びれず言い放つ教え子を前に、(オウンゴールの解釈が間違っているけど)と思いましたが、このポジティブさが彼の持ち味だったと思い直し、とりあえず今どこのポジションをやっているのかと尋ねたところ、今度はやや寂しげに「後ろです。」との返答。

しかし、すぐに、「俺が守らんと、誰も守れんけんっち」と答える彼。多分、「お前が守らんと、誰も守れんけん、後ろを頼むわ」と、言われているのでしょう。

 

フットサル教室では右のアラのポジションに位置し、軽やかなドリブルと野生的な勘でゴールを奪いまくっていた彼ですので、そのアジリティと動物的勘が上手くはまればディフェンスも何とかこなすことでしょう。そして効果的なオーバーラップも期待できます。

 

「後ろやけど今日アシスト決めました!」

 

小学生時代は前に張ってシュートを打つことばかり考えていた彼ですが、後ろのポジションを経験することによって、誰のおかげでサボれていたか、誰のおかげであんなに点を取ることができたのか気づいてくれたのであれば、もう何も言うことはありません。

ディアリオで活躍する教え子を含め、小学生時代はフットサルしか経験していない教え子達が、今では立派にサッカー選手として育っていることに一安心しました。

 

そういえば、彼がフットサルを始めた頃の憧れの選手は誰なのでしょうか。

あまりこの教え子をバサジィの試合会場で見かけたことはありませんので、もしかするとFリーガーではないのかもしれません。かと言って、彼の口からJリーガーの名前を聞いた記憶もありませんが…

 

意外と、同じ名前を持ち、似たようなプレースタイルを持つフットサル教室のKコーチなのかもしれませんね。

 

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コメント: 2
  • #1

    GKの母 (月曜日, 19 10月 2015 12:49)

    昨日はバサジィ残念でしたね(*_*)
    長男が中学生になり、テニスの大会と重なることも多く、なかなか観戦に行けず。
    気づけばホームもわずか二試合を残すだけとなりましたね。
    以前は会場に行くたびにほぼ同じ場所に座る監督を真っ先に見つけては、子供たちと「あ!おるおる」と控えめにアピールしたものです。
    最近はすっかりフットサル教室からの観戦者も増え、本当に嬉しく思います♪

    中学校の新人戦、安心院中が初戦突破したのを新聞で見て、あの子やこの子の姿が目に浮かびました。
    フットサルチームから中学校のサッカー部へ。
    サッカー部のある中学を心からうらやましく思う瞬間です。
    今も心の中にはフットサルへの愛と情熱(大袈裟か・・・)を抱えながら、自分の選んだ道で仲間たちと目標に向かい頑張っている長男坊。
    そこには同じような場面で、同じような選択をしベストを尽くしてきた先輩たちへのあこがれが大きな力となっているのだと思います。
    ずばり彼の目標は○○スケ先輩!

    では次男の憧れは・・・同じ名前を持つKコーチかなぁ(^_-)-☆

  • #2

    藤原 (火曜日, 20 10月 2015)

    GKの母さん

    テニスに剣道にフットサルにと、連日お疲れ様です。
    ルールを覚えるだけでもたいへんそうですね。
    そういえば、北部小は剣道に入っている子が多いけど、なんででしょうか?

    コウスケ先輩…
    大人しいけど頑張り屋で、黙っていてもフットサルが大好きなことが伝わってくる子でした。間違いなくフットサル教室の一時代を築いた偉大なOBの一人です。
    彼のエピソードだけで日記が書けそうなくらい記憶に残る教え子ですが、サッカーは続けているんでしょうか。

    最近、タイキキャプテンを見るとコウスケを思い出します。
    コウスケにはショウタがいたけど、タイキにはいない…
    そこが今年のウィークポイントなのかもしれません。

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